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第九話/君と僕はいつものままで




 青い空、青い海、青い島に構えるひとつのロッジは今もなお時の移ろいは感じさせない。太陽は砂浜を煌々と照りつけている。そのロッジからひとりの青年が広がるビーチに颯爽と飛び出し、日課のランニングを始めた。グリーンウィンだ。ただ今日はいつもと違かった。ランニングコースの途中に波打ち際にうつ伏せに斃れている人間がいたことだ。それをみてグリーンウィンは焦燥感と嫌悪感を肌から感じ取った。波が打ってこない程度の岸まで斃れたその人間を背負い運んで、仰向けに寝かせた。
「アルファ……」
グリーンウィンは静かに言った。まさか君がまたここに帰ってくるなんて。その疲れた表情を見ると、とんでもないことがあったんだね。
「ウィーン!」
スカイナラがロッジの二階の自室から叫ぶ。グリーンウィンは振り返ると同時に、スカイナラは弾丸のようにタオルを投げ飛ばした。仕組みはボールを真に巻いてあるからだ。スカイナラは彼がいつもと様子がおかしいので、何しているのと声をかけようかと思っていた。しかし彼の足元に視線を落とすとアルファが転がっているのに気付き、言おうとしていた口をつぐんだ。みるみるうちに嫌悪感が湧き上がり、咄嗟にベランダから退く。グリーンウィンはその行動の意味がわからないはずがない。磯で休憩していたユリカモメが二羽、一羽と遠くの白い空へと溶けていった。

アルファ、君がここからむりやり外界へ行ったとき、そのあともう一人の君、いやA君が弱々しく僕たちの前に現れたんだ。色々喋りかけても反応もないし、部屋にこもって眠りふけったままだ。A君がこうなったのもすべて君の責任だよ。嫌いだ。僕は君の事嫌いだ。スカイナラはもっとね。二度と外へ出られないように隔離してやる。平穏を乱すお前なんか居ない方がいい。グリーンウィンはアルファの寝る前でこう強く思っていた。ノック音。
「ごはんできたよ」
彼女はドアごしで素っ気ない声で言った。お互い心中穏やかではない。僕もそのまま返答した。
「いますぐ行く」

静かなクラシックオーケストラをBGMにし、いつもより遅い朝食をとることになった。パンと牛乳とハムエッグという典型的な朝食だが飽きることは無い。いつもなら会話が弾むのに、アルファのこともあって沈黙が続く。二人はそっとバスケットの中にあるひとつのフランスパンを同時に手に取ろうとした。手はグリーンウィンの方が早かったが、彼女に気持ちよく譲った。そのあと同時に牛乳を飲む。同時にハムエッグをほおばる。
「ふっ……」
「あはは」
このことが面白おかしくて僕たちは久しぶりに声を強く上げて笑いあう。
「あー、なんか笑っちゃったよ」
スカイナラの和やかで優しい表情に、グリーンウィンは顔をほころばせた。

僕たちは気付いてさえいなかった。毎日毎日が同じ日常の繰り返しであると、今日以外。それでも退屈はおろか、幸せだって感じていた。しかし『今日』だからこそ僕たちは心の底から笑いあって、ほんの一瞬だけど真の幸せを見つけ出すことができたんだと思う。アルファが帰ってきたからこうなったのだろうか。ふと頭に浮かんだアルファのことを、口を滑らせて言ってしまった。
「アルファをこの後どうする?」
「ウィンが勝手にやっちゃって」
急に冷たい返答。自業自得。僕自身で雰囲気を壊してしまった。
「確かに……僕もアルファのこと嫌いだけど、最低限のことぐらいはしたいんだ。幾らなんでも病人に見過ごしは……いけないだろ?」
「あいつなんか放っておいてよ」
すべて即答でもう投げやりになっている。
「ウィンも嫌いならさ、私の気持ちぐらいわかるでしょ? 心がえぐり取られる様なあいつのキツイ眼に、私の姿が映ったかと思うと息がつまる感じとか。声が聞こえただけで、変に鳥肌が立ってきて心臓が破裂しそうになるとか。だ、だから私が言いたいのはその存在自体否定しているの! 私の周りから消えてほしい」
少し間をおいて言った。人生には嫌でもやらなくちゃいけないことだってあるんだと言いたかったけど、言ったところで意味はない。どうせ僕たちは……。
「ここは楽園だよ? 楽園に悪魔がふらふらやってきたら、必死になって追い返すでしょ? 普通は! なのにウィンったらその悪魔に情けをかけるなんて、信じられない!」
喚起あまって泣き声になっていた。一瞬にして無音に包まれる。ただ彼女のすすり泣く声だけが聞こえている。僕には何故アルファのこととなるとこんな風になってしまう彼女の心境を掴み取ることができない。ただ、彼女の笑顔が見たくて惑わされていた。我に返った時にはゴムボートに昏睡のアルファを乗せて、波打ち際にいた。本当にこれでいいのか? そう未練がましく思っているうちに、勝手に体はゆっくりとボートを押し進めている。
「スカイナラはアルファのことが好きなんだろう」
突然後方から落ち着いた男の声。疑惑の念をこめて振り向くと、四、五十歳あたりの白髪で感じたことの無い雰囲気の大男がたたずんでいた。南風が生い茂る木々に吹き抜け、緑と海のかすかな匂いを残す。
「何を言い出すのですか……」
「君は若すぎる。わからなくとも無理は無い。こういうことはどんな天才でも、経験と月日を費やさなければ理解できないことかもしれんね」
「余計なお世話ですよ。大体あなたは何者なんですか……!」
「君たちの……父とでも言っておけば満足かな?」
「父なんて居ない……。適当なことは言わないで下さいよ!」
「何かっかしているんだい? スカイナラとアルファのことだとは思うけどね。それと父っていうのはある意味あいで言ってるんだけどなぁ」
『ある意味』って……。それに別にスカイナラがアルファのことが好きだなんて考えられない。なんなんだこの人は。砂の一粒一粒がこすれあって、それぞれ遠いどこかへと別れて行く。
「綺麗なところだね」
男は風の音にかき消されそうな声でいった。その眼は遥か遠くの水平線を見ているようだった。謎の男とこうやって静かに海や空を眺めているのに、まったく違和感なんてなかったんだ。ボートに乗せてそのままのアルファが、いつのまにかこつ然と姿を消していても。


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