TOP

ABOUT

GALLERY

FLASH

MATERIAL

NOVEL

KINGDOM

PBBS

LINK

WEB CLAP



第六話/噛み違う歯車達




 デルタはリハビリを兼ねて、トレーニングジムで汗を流していた。まだ人間のときの感情が残っているのか、実に楽しそうに運動している。周りの人々は彼がてっきり人間だと思い込んでいる。同じく運動しているある若い男が気を利かせてスポーツ飲料をデルタに差し出した。
「楽しそうだね。汗をかいた後は、これを飲むとサッパリするんだぜ」
デルタは受け取ったまま、それを見つめたままだ。若い男はそのことに気がついて残念そうに言う。
「あっれ? 飲まないの?」
デルタは触発され、飲みますと言おうとしたが、自分がBCMであることを自覚しやっとの思いで拒否した。飲料水を彼に返し言った。
「いえ……気持ちだけで十分ですから……」
男の打ちひしがれた顔の左側奥に一人の女性が休憩していた。実は彼女はベータだが、デルタには新しかった。静かに歩み寄る。どこかであったような気がする……。初めての感覚が無い。一歩一歩踏みしめてある程度近づけた。ベータは何者かに見つめられている気配がし、周りを見渡すとデルタが見ていた。
「何のよう?」
デルタは遂に思い出した。姉さんだ。とうとう姉さんに逢えることができたんだ。
「ね……姉さん。覚えてる? 僕だよ……デルタだよ」
「初めましてデルタ。私の名前はベータ。悪いけど私には兄弟なんていないの。多分それは何かの勘違いだと思うけど……」
唖然。知らなかったの……僕の名前。僕の存在……。無視はよそうよ姉さん。
「姉さん。ここから出よう。ここにいたってつまらないよ」
そう言ってベータの腕を引っ張るが動かない。
「デルタ……。私はここにいなければならない。あなたにどんな事情があるのか分からないけれど、もう『姉さん』と呼ばないで」
「何言ってるんだよ。姉さんは僕のこと絶対に知っているはずなんだ! シリウスっていう人に記憶を取り戻してくれているはずなのに……」
「そもそも私を連れ出して何をしたいの?」
「二人でゆっくりとした所で暮らすんだ」
「バカ……」
ベータはデルタの腕を強く振りほどき、トレーニングジムを素早く後にした。取り残されたデルタの心にはすっかり穴が開いてしまった。記憶取り戻してくれるんじゃなかったのか!? 僕が人間なのか、BCMなのか判断できなくなってきた。僕自身が把握できていないからだ。人間のときの名前って何だったっけ。ええと……。思い出せない。何で? 窓越しに自然庭園を見つめる。そこにはアルファとエプシロンがいた。


「だから、お前はアルファなんだって名前はよ」
「僕には名前なんか無い。みんなにいじめられ続けていたらなくなってたの」
「そんな大昔のこと思い出したってしょうがないだろ? ごく最近なんだ、お前が生きがいをもって生活していたのは!」
「ああもう、うるさいなあ。ほっといてよ」
生意気な部分は失われていないようだな。アルファは芝生に大の字になって転げまわった。エプシロンはため息をつく。そこにあのカウンセラーが近づいてきた。
「A君。気分はどうだい?」
「あ、先生。もう清々しいです。昨日は何か変に気持ち悪かったんだけどね、今日はもうこの通り!」
「それは良かった」
「てめえ何者だ」
エプシロンは喧嘩口調でカウンセラーに言い放った。そういえば昨日遠くからこのヤロウ見てたな。
「あ。私はA君の元カウンセラーです。最近急に大人しくなって何よりです」
「A君だと? こいつにはれっきとした『アルファ』って名前があんだ。調子こいてプライバシー保護かけてんじゃねーぞ」
「はは。洒落っ気ありますねえ。プライバシー保護ですか、あはは」
「ふざけてんなら今すぐここで貴様の存在消してやってもいいんだ」
カウンセラーの襟首をつかみ上げる。このときやっとエプシロンの恐怖を男は覚えた。
「は……。わ、わかった。アルファだよね。アルファ君と呼ぶよ」
エプシロンは受理し、襟首を乱暴に開放した。同時に男はしりもちをつく。アルファは不真面目に聞いていた。
「アルファは嫌だ。Aがいい。Aは響きがいいし、かっこいいし、1番だもん」
俺は今すぐにでもアルファの事をぶちのめしたくなった。実際に拳を強く握り締めた。いろいろと面倒くさいもんだ。二人の赤ん坊のお守りをしなくちゃいけねぇんだ。これが任務じゃなかったらとっくの昔に拒否している所だ。エプシロンは放った。邪魔者がいないときにまた会おう。

 エプシロンは散歩道を歩っていると、不審な人物を見かけた。木の木陰でジュースをストローですすっている女だ。推定二十歳前後だろう。洒落てやがる。しかし挙動不審だ。あんなに周りを気にしながらジュースをすすっているヤツなんているか? 見つかりそうになったのでエプシロンは咄嗟にしゃがんだ。ゆっくりと腰を上げると女はいなくなっていた。必死に探す。いない。その時背後から手が飛び出してきて、睡眠薬入りの注射器をエプシロンは不覚にも差されてしまった。
「く、お……」
即効性のそれはエプシロンの体の自由を束縛した。何もできずにエプシロンは気を失う。女は注射器をエプシロンの方に投げ捨て、エプシロンを背負い、近くに手配していた車に乗せ、次いで女も乗る。
「早く出して」
黒い車は研究所を後にする。女は前髪をかきあげて、ドライバーに話し掛けた。
「姉さん、そいつなんですか?」
「ええ。さっきアルファと話していたときに彼がそう名乗っていたから」
「じゃあとても喜びますねえ、博士は」
「エプシロンは遺伝子コードに秘密があるし、何より強いわ」
「ニュー姉さん」
「コードネーム付きで気安く呼ぶんじゃない!」
「は……。すいません、つい」
そうこうするうちに、目的地に着いた。しかし何かおかしい。車内で様子見に待機していると、彼女の携帯電話が鳴った。
「もしもし。あ、オミクロン。無事にら致できたの? あ、そう。じゃあもう少しで落ち合えるってことね。ええ。じゃ気をつけてね」
電話を切って一息つくと、ドライバー側の窓が外部から叩かれた。女は焦って着ていたコートをエプシロンに被せる。ドライバーはそれをミラーで確認してスモークがかかった窓を開ける。
「FBIのものだ。君たちこの家の人間か?」
「まあ、そ――」
ドライバーの横の隙間からニューが顔を出し、通りすがりだといった。FBI捜査員はOKと言って職務質問を終わりにした。車が過ぎ去った後、その捜査員はトランシーバーで伝えた。
「こちら研究室前。今怪しいスモークガラス張りの黒い車がそっちに向かった。どうぞ」
「わっ……りました。……んかいします。どうぞ」
雑音交じりの返答。
「作戦その9で展開しろ。どうぞ」
「……解」
捜査員は確かな微笑をした。


 その頃黒い車はちゃくちゃくと光へと近づいていた。ドライバーは自分の犯した過ちを悔やむ。
「くそぉ……。あんなこと言わなきゃ、怪しまれずに……」
「仕方ないよ。いずれバレる事だし、それに今は自分を責める状況じゃないしさ。とにかくもうこれであの研究室には戻れなくなった、どうする……?」
ニューはとりあえず携帯電話でオミクロンへと連絡する。
「あ、私。予定変更、引き換えしな。研究室はもう陥落した」
「え! そうなんですかぁ? じゃあどこで落ち合います?」
「フィラデルフィア……。フィリーの『スイートハーブ』で落ち合いましょう」
「はい、わかりましたぁ〜!」
電話が終わるや否や、ニューは突飛な行動に出た。
「そこ、左に曲がって。そしたら降りるから」
「へ? 左は行き止まりですよ?」
「勘鈍いねえ! 私たちはもう包囲されてんの、私は囮。その間に逃げろってこと!」
「分かりました!」
車が急カーブして林道へと入る。曲がっているときにニューは飛び降りた。自分の事のように心配するドライバーをよそに、彼女は既に受身を取っていた。
「姉さん! お先に失礼します、good lack!」
ニューは周りの異様な気配に気付いていた。大勢の視線を感じる。
「私は逃げないよ。煮るなり焼くなりしなさい。だけど生半可な軟禁だけはゴメンだ」
思ったとおり木陰に多くの捜査員が息を潜めていた。あっという間に彼女は取り押さえられる。

 一方エプシロンを乗せた車は高速道路を走っていた。バックミラーを見ると、かなり遠くだがしっかりと追っ手がついてきている。アクセルを強く踏みつける。もう200km/hはでていて、ハンドルを強く握っていなければいけないぐらいだ。前方に何かを待つような背中を見せている一台のスポーツカーが停車している。当たり前だが、そう一筋縄じゃない、逃げるという行為は。依然としてエプシロンは気を失っている。スポーツカーの横を通り過ぎるとき、その車が急発進した。黒焦げた臭い、冷たいエンジン音が空高く響き、あっという間に横付けされた。ドライバーは左にハンドルを切り、逆走しようとするがちょうど対向車が来て阻止され、さらにハンドルを切って車をとめた。とうとう捕縛されてしまうのか。いや、そんな訳には行かない。エプシロンをあそこへ護送しなければ鳴らないのだ。
「くそ…。やられた…」
エプシロンが目覚めた。しかし思うように体が動かない。襲う脱力感と倦怠。ドライバーは声で気付き、バックミラーで確認した。
「動けないでしょ? 後1、2時間はそのままなんだ」
FBI捜査員と思われる集団が近づいてきた。覚悟を決めたのか、ドライバーは自分から投降し、両手を上げる。エプシロンは外の張詰めた空気を察して、体が自由になるまで息を殺すことにした。取引が良く聞こえる。
「お前やはりあの研究室の一人だな。この写真と一致する。BCM研究所に対してスパイ行為を働いていたな」
「すいませんでした……。その通りです」
別の捜査員が問いつめる。
「それにスピードの出しすぎだ!」
エプシロンの潜む車の中を捜査員が覗く。目と目が合う。
「うわ!」
思わず声を立てて驚くある捜査員。どうしたと次々と捜査員が来る。冗談じゃねえ、こんな所で何もできずに死ぬのはゴメンだ……。
「何故ここにエプシロンがいるんだっ!?」
体格のいい太った捜査官が腰にあてがっているリボルバー式銃をエプシロンに向けて数発発砲した。けたたましい轟音が響く。しかしBCMの超再生能力に阻まれ、殺すには至らなかった。
「畜生……。やっぱり死なねぇのか。おい、アレ持って来い! いまん所エプシロンは動けないようだからな!」
アレだと? まさかな……。もし予想通りだったら仕方ねえ、恨みはないが俺の能力で逝ってもらうとするか。手は微々たるが動くからな。
「持ってまいりました、ヤモンド少佐」
「よし」
だと!? ただのFBI捜査官じゃなかったのかよ。少佐だなんて、軍人じゃねえかよ!
「おいデブ! 俺の体がうごかねえと思って、余裕ぶっこいてんじゃねえ!」
ヤモンドは口を真一文字に縛って、試験管のようなものをエプシロンに向ける。エプシロンは爆殺の準備をする。拳に一定のATP(アデノシン3リン酸)を溜めなければならない。見る見るうちに右拳が紅潮して行く。ヤモンドの口が一つ嘲笑した。試験管から電撃がエプシロン目がけて迸ったのだ。気づくのが遅かった…スタンガンの亜種だったのか――。
エプシロンは一瞬にして昇華してしまった。ヤモンドは悪代官のごとく低く笑い続けた。そこに一人の女の子が彼に近づく。ヤモンドはハイウェイに彼女がいる時点で変に思え、女の子の目は妖しく光っていた。
「握手しよ〜」
両手を差し出し彼女は唐突に握手を求める。ヤモンドは無意識のうちに行動を起こしていた。
「じゃあお礼に石にしてあげるね!」
「な……」
握手の体勢で彼女の髪の毛が逆立つと同時に、ヤモンドの両手だけ石化してしまった。付近の捜査員は畏怖し、さっさと逃走していった。
「ちぇ。何で帰っちゃうんだよ〜。つまんないの」
石化したヤモンドの両手は風によって粉々に崩れ去っていた。
ヤモンドはどうしようもない激痛と深い悲しみを覚え、BCMへの恨みも増した。
「小娘……子供だろうが女だろうが、BCMとして生きているやつは必ずどんな手を使ってでも殲滅させてやる。覚悟しておけ!」
そう言って仲間の待つ車に乗り込み逃げていく。オミクロンはしてやったりの笑顔を振りまいて見せた。
「こちらオミクロン。邪魔者は追い払ったんだけどぉ、エプシロンは死んじゃったみたい。え、本当? じゃどうするの? うん。分かった」
オミクロンはニューに電話をしていた。ニューはあれから捜査員一人残らず『消し』たらしい。エプシロンを搬送していたドライバーはオミクロンに謝り始める。
「申し訳ありませんでした。私は役立たずですね……」
「……これじゃもう何の意味もないよ。」
「そ、そうですよね。では好きなようにしてください」
オミクロンはドライバーの口中に手を入れて放った。そしてオミクロンも『スイートハーブ』へと急ぐことにした。


数時間前、BCM研究所にて 「アルファ……いやA君。今日の調子はいかがかな?」
「ダメ……」
カウンセラーは外壁に付いているマイクで伝えたが、余りアルファはかんばしくない様だ。声もどことなく弱々しい。何があったのだ? キーを通してもドアが開かない。内側からロックされているようだ。
突然室内から悶絶の奇声が聞こえた。焦燥した私はドアをノックするが返答がない。数秒後、静かにドアは開いた。不思議そうにカウンセラーはアルファのいる部屋に進入する。そこには狐のようにとがった目つきのアルファが汗を流して待ち構えていたのだ。一目見ただけで以前のアルファに戻っているのが分かった。そしてアルファは迷惑そうに言った。
「何のようださっきから…。用がないならさっさと失せろ」
私は部屋の周りを見渡す。奥にあるベッドの上になぜか衣類が山の様に無数に散らかっていた。不自然な光景に疑問を抱かずにいられなかった。
「A君。なぜそんなに汗を流しているんだい?」
「ハッ…。筋トレしてたんだよ」
引きつった表情でアルファは言ったが、心理学のプロの私にとっては無意味だった。アルファは嘘をつくとき、一瞬唇が引きつる。当然脈も変わるため、呼吸が乱れる。一秒も逃さない洞察力でアルファが嘘をついているのを確信していたのだ。
「その、衣類の山は?」
カウンセラーが一歩踏み出したとたん、アルファは彼の腹を殴った。鈍い衝撃音。肋骨何本折れたのだろうか。そんな余計なことを考えているうちにもう一発側複に衝撃が走る。思わず強い悲鳴をあげてしまう。目がかすみ、呼吸難に陥った。安易に人の秘密を暴くものではない。カウンセラーはくるくると回転しながら倒れた。アルファは何もいわず彼を背負って、廊下に出て通りすがりの人に押し付けた。
「なあ兄ちゃん。こいつ自殺しようとしてたから止めようと思わず本気で殴ってしまった。だからこいつを医務室まで運んでやってくれないか? 俺は色々と忙しいんでな。かなりの深手だ。早くしてくれ」
若い研究員はちょうど暇だったので快く引き受けた。アルファは静かに部屋に戻る。ロックをかける。俺は戻ってきた。確かに危険な旅だった。あのグリーンウィンとかいう架空人間の言うとおりだった。俺が無理やり帰ってきたから、アイツは死んだろう。脆弱な精神はさっさと死ぬがいい。

 ベッドの上にある衣類の下には1匹の子猫が隠されていた。こんなシチュエーションはマズい。アルファはかわいいと見られるのがとても嫌なのだ。別に猫は嫌いではない。ただ猫とコミュニケーションしている自分を他人に見られることを除いては。アルファは何気に子猫の頭をなでた。
「かわいいな……」
思わずでた一言。咄嗟に後ろを振り返る。誰も聞いちゃいないだろうな。アルファは再び子猫をかまい始める。次第にアルファの表情はこれ以上にないほど柔和に緩んでいった。
「ねえ。その子猫かわいいよね。今日私がアルファにプレゼントしたんだよ」
アルファの血の気が引く。だれだ。この部屋には誰も入れるはずがないのに。しかしさっき気配は微妙に感じた。声がした方に振り向くと、この子猫と同じくらいかわいい美少女がいた。オミクロンだ。
「ぐ……。お前、何でここにいる? くそ、おかしすぎるぞ!」
「だってアルファの部屋いつも開けっ放しじゃん。隙を狙って侵入してクローゼットの中で隠れてたんだよ」
人を殴るテンションじゃない。殴ったとしても意味がない。口封じをするしかないのだ。
「このことは誰にも言うんじゃないぞ。もし噂となって俺の耳に入ってきたときは……」
「アルファが思っているほど私口軽くないもん。それに何で言いふらさなきゃならないわけぇ?」
「それもそうだな」
珍しくアルファは納得してしまった。
「ちょっと待て。俺の部屋に猫を置き、お前は何をしたかったんだ。それに何故俺の名前を知ってる?」
オミクロンは小さく笑っていった。
「実はさぁ、アルファを拉致しに来たんだけど、失敗しちゃったみたい!」
「拉致だと?」
アルファは猫を抱きかかえて考え始める。
「それにさ、アルファが嬉しそうでなんだかそんな気分になれなくて……。私ってやっぱり勇気がないな」
「あと名前くらい、わかってるんだよ」
俺が猫に気を取られている隙に、犯行しようとしていたのか。オミクロンは携帯電話で誰かに連絡し始める。連絡が終わると、オミクロンは「その猫あげる」と言って去っていった。アルファは猫を置いて彼女を追ったが、見失ってしまった。そんな時運悪くガンマがやってきた。
「よぉアルファ。なにぼーっとしてんだよ」
「小心者のような小さい女の子見かけなかったか?」
「見なかったな。あっ、お前も色気づいてきたのか? まいったねぇ。んなことより、テニスしようぜ」
「断る」
このときアルファは改めて日常のつまらなさを知った。



カテゴリーへ戻る___第七話『たったひとつの宝物』へ