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第五話/覆された契り




 BCM研究所の敷地内には丘があり、そこには綺麗な草花が生い茂っている。アルファは独り近くにあるパンジーに話しかけていた。
「ねえ…。花って強いよね。寒い冬をじっと我慢して、自力で地上に顔を出すんだもん。そう思うでしょ?」
静かに語りかけるその姿は、少女を彷彿する。以前彼の精神カウンセラーをしていた男は、この優しげな雰囲気を察してやっと胸をなでおろした。もう以前のアルファではない。本来の心を取り戻したのだと。
 アルファはゆっくりと立ち上がったが、フラフラしている。はたから見れば精神が侵されている人間にしか見えない。目は据わっている。覇気を感じない。生きている感覚さえも覚えさせてくれない。何も伝わらない。まるで透き通った青空。
 ちょうどエプシロンはある任務を終えて研究所に入ろうとした所だった。しかしあのアルファらしくない様子を見て、違和感を感ぜずにいられなかった。
「…おい。しっかりしろ。」
アルファの肩を揺さぶって気を確かめようとするが、首がすわっていないため、頭が首振り人形のように上下に動いただけだ。恥ずかしくなってきて、エプシロンはその場を後にしたが、アルファを見捨てたわけではないのだ。とりあえず、報告へと急いだ。

「所長は今いるでしょうか。」
受付にエプシロンは丁寧に質問した。受付がお待ち下さいと言って、検索し始めた。その間エプシロンは一服した。結果が出たようで、吸い途中のタバコをエチケットポケットに押し入れる。
「すいません。通常の検索では所在を明らかにすることが出来ませんでした。おそらく、セキュリティーエリアにいると推測されます。」
「捜せ。」
険しい表情で言った。受付は動揺したが、深追いは出来ないと断られた。仕方ない。自力で捜すか。セキュリティーエリアもそう多くはないが、骨が折れるな。

 あれこれとエプシロンは探し回った。しかし殆どが自分の持つIDカードではドアロックが解除されない。行き詰まった。待つのも手だがこれだけは即急に伝えなければならない。そのとき彼は閃いた。BCM専用データメッセンジャーを用いればある程度シリウスの行動が読めるかもしれないと。ちょうど近くにそれがあったので、早速コネクトした。
 そもそもBCM専用データメッセンジャーとは、最新の情報を手に入れることができる装置だ。BCMは一回物事を記憶すると忘れることは永久にないのだが、時折基本的な記憶以外の記憶がすべて飛んでしまう事がある。そのときこれを使って復旧する。応用すれば、これを使うときスーパーコンピュータとネットワークを結ぶので、スーパーコンピュータを使って色々と処理をすることも可能なのだ。

 エプシロンは早速応用技を使った。シリウスが今いそうな場所を演算する。結果。水槽室。エプシロンはあいつらしいと思った。
 水槽室に着くと、ドアが開くかどうか確かめた。…開く。不用心だな。部屋に足を踏み入れた瞬間、異様な殺気を覚える。しかしそれは一瞬であって、すぐに平生を取り戻した。目を凝らして見ると、薄暗い中に赤く光るランプがある。あそこか。目的地に向かって歩き出すと、またあの異様な殺気を覚えた。さっきよりも強い。呼吸が荒くなる。他人にも伝わりそうなほど心悸亢進した。
「何…。」
強い殺気が背筋を伝う。後ろか! 振り向こうとしたとき、何かが強襲してきた。その衝撃で、左腕がむしり取られた。十中八九、獣だ。BCMには痛覚がないため、この痛みを感じることはないが、焦りを隠しきれない。
「フー…。」
獣のような鋭い目を輝かす強い殺気。えたいの知れない生物を目の当たりにしても、エプシロンは怖気付こうとはしなかった。
「お前さんの腕を仮に貰ったってダセーから使えねぇな」
「キシャーッ!」
再び強襲してきた。ある程度理性のあるヤツと見た。本能一筋のバカヤロウには『間』がねぇからな。紙一重でエプシロンはその攻撃をかわせた。想像以上に動きが速い。ここでやり合うのは色々と面倒だ。出入り口へと導こうとするが、案の定、こなかった。
「チッ…。」
丁度警備員が巡回でこちらへと近づいてきた。エプシロンの残酷な姿を見て、警備員は驚愕した。
「どうした! 何があったんだ!?」
「この部屋に近づかん方がいい…。」
「いや。だから…腕が…。」
突如ヤツが警備員に三度強襲した。頭を狙った拳がうなり、脳漿を飛び散らせて無残に即死した。だが、エプシロンは引きつった表情で一笑してしまった。
「予想通り醜い顔してんな、テメー。」
「ガルルルル…。」
自分の腕がむしり取られた憎悪と無関係な人を普通に殺人した憤怒がエプシロンのアドレナリンを迸らせた。
「無駄に命奪ってんじゃねーぞ、クソったれ!!」
瞬間に爆風がモンスターを包み、爆死してこの世を去った。
 生命の波動が消えた。一息つく。モンスターにもぎり取られた箇所は既に再生しきっている。異様な胸騒ぎが起き始める。何だ? 無意識のうちにいつの間にか、赤ランプが指し示すドアの前へとエプシロンは立っていた。
「入れということなのか?」
旧式のノブ型のドアを前に彼は躊躇した。開ければ胸騒ぎの通りになるだろう。だがシリウスはここに居るかもしれない。あのことを早く伝えねば。意思が強くドアを押した。瞳孔が急に小さくなる。見えない。嫌がらせにしか思えないほど、強い光が彼を襲った。遥か遠くから聞こえるような声が聞き取れた。しかし何を言っていたのかは理解できない。
 目が見えない中、エプシロンは必死に周囲の情報を探ろうと聴覚に集中した。よく考えてみると俺の存在はまだ知られていないようだ。ならばこのまま視覚が戻るのを待とう。
 数十秒後、完璧に視覚が戻った。呆気なことにもう一つドアがあった。厳重なドア。部屋の中に部屋という感じだな。気持ちを切り替えて、ドアに近づくと、あやしげな音が向こう側から聞こえてきた。誰をBCMにしているんだ…。
「終わったよ、姉さん!」
途端に声が響く。拍子抜けした少年の声が聞こえて、エプシロンは微妙に気が抜けてしまった。緊張が解け、ドアをあけると、初々しい全裸のジョンと手術着を着たシリウスがいる。
「どういうことだ?」
とエプシロンはシリウスに質問する。かなりマジメな顔して彼は答えた。
「こっちこそ訊きたい、エプシロン。何の用があってここに足を踏み入れた。」
「ああ。今日アルタイルっつーボケナスがとっ捕まって、例の計画のこと全部はいちまったんだよ。」
「なにぃ!?」
シリウスは左手に持っていたメスを落してしまった。落ちるときに膝をかすめて、切り傷を負った。すぐさま消毒をする。泣きっ面に蜂だ。これでオペレーションΩは台無し…というよりシリウス、貴様自体が終わりだな。
 しかしながら、何故この情報をアルタイルは話さなければならなかったのか。いや、そんなことは予想がつくはずであろう。それよりも俺は少年のことがとても気がかりで仕方なかった。エプシロンはジョンの目を見ていった。
「名前は?」
「デルタ(デルタ)っていうらしいです。」
人間の時もともとの名前がなかったのか? それとも…。とりあえず俺はうなずいた。シリウスに近づいて俺は耳打ちした。
「こいつをBCMにしてもぱっと見、見込みないぞ。」
「それは知ってのことだ。ある条件下で私はデルタにBCMになることを勧めただけなのだよ。」
「何故?」
「ベータに会いたいらしい。」
「BCMにする必要なんかあるか!?」
「…彼の記憶を消すためだよ。」
「記憶だと……?」
エプシロンは振り返り再びデルタの目を見た。確かにまだ人間の雰囲気が残っている。これから基本的記憶を書き換えるのだろう。そのときエプシロンは思い出した。
「所長。さっきあいつ姉さんとか言っていただろう? あれは何だ。」
「聞いていたか…。まあいい。デルタは人間のとき、ベータのことを実姉だと言い張っていたのだ。」
「それは余りにも勘違いし過ぎているな。どこでそんな嘘なことを…」
「分からん。うるさいからいっそのことBCMにして、記憶を消そうと考えたのだ。」

 シリウスはジョンに嘘をついていたのだ。確かに顔はそっくりであろう、しかし事実上の血縁の保障はない。何らかの事情はあったのだろうが、余りにも可哀想なのでBCMにしてシリウスの言う、記憶消しをしようとしていた。
 BCMになり立てだと、記憶消しをしたとしても昔の記憶が稀に残っている場合があるため、念のため思い出させないよう新しい服をデルタに差し出した。
「これを着なさい。着替え終わったら、しばらくここで休んでいなさい。」
ほほ笑みながら言うその姿は、エプシロンにとって奇妙に取れた。エプシロンは本題を切り出す。
「ここで続きを話すのもなんだ、別の場所にでも行こうじゃないか。」
エプシロンはなめきった態度でセリフをはき捨てた。
「あ、ああ…」
急激にシリウスは固くなった。素直だな。静かに寝息を立てているデルタをよそに、二人は光のある方へと向かった。





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