第四話/呪われた過去(Like father, like daughter)
22世紀後期頃から、ヨーロッパ各地で内戦が勃発していた。ある意味これはヨーロッパ連合の結束が弱まっているということだろう。NEO(New Evolve Organization)という組織が原因だ。
そもそもNEOとは国(=国家)の中にある企業が営利目的ではなく、軍事目的に利益を得る組織のことだ。国家の中の国家といってもいい。なぜならその企業の本社が在る国の国内総生産のほぼ90%以上をまかなうからだ。
内戦の中で一番際立ったのはあのエスト・エンヴェラート社に間違いなかった。たった2年で本社があるイギリスのGNPをあっさりと越えてしまった当社は、ういた存在なのと同時に最も危険視されている国家でもあった。
核兵器は持たない、生物兵器も持たない、利益の半分はイギリスの教育機関に寄付しているというが、どれも真実かどうかは定かではない。『隠蔽』というベールを脱ぎさらない限り、真実を見出すことはできない。
BCM研究所所長シリウスは水槽室にいた。水槽室はBCMが生まれる所である。緑色に輝くBC溶液、直線に駆け抜ける電流、気泡、それら全部がシリウスの心の底からを潤していた。自宅の庭を散歩するかようにゆっくりと眺め歩く。
あるセルにはベータと思われるBCMがいた。神秘的な空間。じっとベータを眺めるシリウス。目には薄く涙を張らせていた。その横にもずらりとベータが並んでいる。その数約20体。体の発育には個人差はあるが、同じ人物がここまで揃うとおぞましい限りである。
急に心臓発作を引き起こした。シリウスは悲痛の表情を浮かべながら崩れ落ち、丸くうずくまった。ここには彼しかいない。自分しか頼れるものはいないという執念で、震える手で胸元にある薬を取ろうとした。その時、部屋のドアが開く音が聞こえた。
「だれだ……」
地に向かって小声で言った。返答は無い。聞こえなかったのだろうか。ゆっくりと足音がこちらに向かってくる。ふとシリウスはペースメーカーの電源が切れているのに気付き、咄嗟に電源を入れた。薬を飲み、立ち上がる。足音がいつの間にか消えていた。
「だ、だれなんだね? 今この部屋に入ってきたのは!? 無断で入ってはならんと……」
後ろから肩を叩かれた。首をそちらの方へ回したら、誰もいない。おかしい。
「あなたがシリウス博士ですか?」
どこからともなく声が聞こえる。シリウスは眉間にしわを寄せて、そうだ、と返答した。すると目の前からインテリ系の少年が姿を現した。インテリ系といっても、女の子にもてそうなルックス、雰囲気を醸し出している。少年はステルス迷彩服を着ていた。シリウスは少年の姿が分かるや否や苛立ち含みで問いただした。
「少年よ……何故ここに来た?」
少年は爽やかに答えた。
「『お姉ちゃん』を帰してください」
余りにも爽やか過ぎて、うんとうなずいてしまう所だった。シリウスは首を左右に振る。と、シリウスは、はっとした。我が目を疑ったのだ。ベータとそっくりなのだ、少年の顔が。
「ま、まさか……。少年……お前、するとベータの弟だというのか!?」
「そうです」
シリウスはかたくなった。ベータには兄弟はいなかったはずだ。なのにここには弟がいる。そんなはずは無い! 私は幻覚を覚えているのだ。しかし容赦なく少年は油を注いだ。
「シリウス博士。僕知ってるんです。博士がお姉ちゃんを連れさらったんだよね?」
するとシリウスは鬼の形相で少年を睨みつけた。少年はひるんだが、続けた。
「帰せっ!!」
ますます表情が険しくなるシリウス。そして言葉を放った。
「はっきりと言おう。私は実をいうとベータの父親だ。肉親なのだよ。私は君を知らない。ベータの弟なわけないんだ」
その嘲笑った口調は少年を痛く刺激した。
「……僕をDNA鑑定してくださいよ。そしたら絶対血の繋がりがあるというのがわかります。今すぐしてよ!!」
シリウスは悩んだ。少年の気持ちはわかる。しかし実際に少年の存在を今日初めて知ったのだ。自分も知らない隠し子? いや、それは無い。妻も知らないはずだ。シリウスは妻に電話した。
「ハレイか。ちょっと聞きたいことがあるんだが……」
シリウスは少年の方を見て、名前を聞いた。少年の名前はジョンらしい。私はやはり聞き覚えはない。
「私とハレイの間に『ジョン』という子供はいたか?」
間をおいてハレイは答えた。
「ジョン……。知らないわ」
「ありがとう。また」
私は勝ち誇ったようにほくそ笑んだ。ジョンはシリウスの瞳を見たら、妙な威圧感を覚え始めた。
「これで証明された。私の妻ハレイも君のことを知らないようだ。今すぐ立ち去りたまえ」
ジョンは焦っていった。
「う……嘘だ。僕はハレイ母さんのことよく知っているんだ。幼い頃、お姉ちゃんと母さんと僕でいっぱい写真をとったんだ。これ見てよ」
そう言って大事そうにポケットから一枚の写真を取り出すが、シリウスは見ようともせず片手で払賦した。
「失せなさい。もうここにいる必要はないはずだ。第一ここに入室できるのは私と限られた研究員の一部だけだ。なのに君は足を踏み入れた……」
「わかったよ。帰るよ…」
シリウスが説教の最中、ぽつりと言ってステルス迷彩の電源を入れた。シリウスはふと思った。
「ちょっと待ちたまえ」
「何ですか……!」
ジョンはじれったくなりながらも、再度姿を現した。
「理由付けでベータを帰そう」
「理由とは?」
ジョンの表情がゆっくりと緩む。
「君が知っている限りのベータの過去を教えてくれ。そして君もBCMとなりたまえ。そうすればベータを帰そう」
ジョンは途惑った。過去を教えることは別に差し支えないが、自分までもがBCMにならなければいけないことに問題がある。何故BCMにならなければいけないのだろうか。
即刻考えなければならない。チャンスはこれっきりだろう。シリウスが何を企んでいるかはわからないが、BCMになっても何の問題も無いだろう。姉に逢うことが出来るのなら何でもしよう。
「……その理由承諾します」
強ばった表情ではなく、決意をあらわにし、シリウスは数回うなずき言った。
「悪いな。だが安心しなさい」
意外に優しかった。このとき初めて周りの風景が良く見えるようになって、奥にある水槽の中に姉がたくさんいることに気付いたが、それらは『姉』ではなく『ベータ』だった。
この部屋のスーパーセキュリティーエリアを二人で歩いていると、あちらこちらに得体の知れない物体が水槽の中でひしめき合っているのが覗えた。シリウスに肩を数回ポンポンと叩かれ、突き当たりにある『BCC』(Bio Catalyst Change)室へとためらいも無く僕は入室した。
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