イヌペン 第5話(小説版原作作成日:1999年頃)
原題
うっさい!!
ヒヨコ
だまっとけ!?
ヒヨコたちの運命
飛べ! 跳べ! 止べ!?
あるときイヌペンは不眠症に悩まされていました。顔色が麻薬中毒者並の悪さで、眼下に何重ものくまができていました。そんな苦痛に耐えながらも、どうしたら安心して睡眠できるかということを考え込んでいました。
寝ないでいること三日目に当たる朝がいつも通りにやってきました。そこに家のベルが鳴り響きました。
(誰だっつーんだよ……こんな朝っぱらから騒々しいことやってんじゃねーよ。ピンポンピンポン何回も押さなくたっていいだろ……! あ、だからわかってっからもうやんじゃねー! ったく)
イヌペンはドアを開ける前に、のぞき穴で相手が誰だか確認するという習慣があります。のぞいて見ると、大きな眼が逆にこちらをのぞきこんでいました。何がなんだかわからないので、眠い目をこすりながらもう一度確認しました。そこには『いなぐも』という変な宇宙人がたたずんでいました。初めてみる来客にイヌペンは眠気が吹き飛び、多分安全だろうと考えドアを開けてあげました。しかしいなぐもはぴくりとも動こうとせず、ましてや息も止まっていました。イヌペンは黙って見守ること数分、いなぐもがようやく口を開きました。
「あ……あー。んーんーっ」
「――――!」
この歌声を聴いてイヌペンは思い出しました。思い返すこと三日前、イヌペンはぐっすりと眠っていました。この日の真夜中にあの歌が聞こえてきたのです。
「あーんーんー〜っへあ〜ねぇ〜おーきぇ〜ろ〜……」
この歌声が耳についてしまい、眠れなくなった原因だとイヌペンは確信しました。イヌペンはお前だろという勢いでいなぐもに指差しました。
「いかにも。だから、謝りに来たの。てへへ」
「てへへじゃねー! てめーのせいでおれがどんなに辛かったかわかんねーだろ、おめぇは!!」
イヌペンに大激怒されたいなぐもは、大変申訳なさそうな態度で名刺を差し出しました。
「すみません、本当に申し訳なく存じます。……私はこういうものと申します」
差し出された名刺には『いなぐそ』と書かれてありました。イヌペンは十分に見終わると、要らないよと言わんばかりに突き返しました。いなぐもは次に絹でできた袋を持ち出して言いました。
「お詫びといっちゃなんですが、これを受け取ってくださいな」
袋をイヌペンに手渡すと、「では!!」と言って手を振りながら去って行きました。イヌペンは半分要らない気持ちでしたが、とりあえず貰っておいてやりました。
家の中へ入ったイヌペンは改めて袋を眺めました。袋の表面に注意書きが乱雑に書かれていました。
「大切にあたためてください。byいなぐそ」
イヌペンは何が入っているのかと思うと少々焦ってしまいましたが、慎重にひもを解いてみました。
(あー……ドキドキすんな。このイヌペン様にだって好奇心の限界っつーものがあんのに、こんなスケールのでけぇ物を貰っても困んだけど……うしっ。見てやる!)
袋の中には卵が五つだけ入っていました。何の卵かもわかりません。イヌペンは拍子抜けしつつも、注意書きの通りに卵を暖炉のそばで温め始めました。しかし三十分間温めても、卵には何の変化も起こりません。
「ちっ! 温めても何も起きねーや! インチキ!」
ののしりながらイヌペンは次の行動に移りました。すべての卵をキッチンへ持っていき、ひとつの卵を焼いて食べようとしました。フライパンの上に卵を割ってみると、驚くべきことが目に飛び込んできました。
「目……目と、くちばし……?!」
イヌペンが割った卵は成長途中の有精卵でした。ショックを受けたイヌペンは心から冥福を祈りつつ火をとめ、他の卵をまた暖炉のそばへそうっと運びました。
やがて卵は雛となって孵りました。三匹の雛はイヌペンを本当の親だと思い込み、歩くたびに後ろをついていきます。かわいい雛たちが自分を追いかけてくるので「かわいー!」と、イヌペンは思わずほくそえんでしまいました。しかし孵らない卵がひとつだけあります。イヌペンは「みにくいアヒルの子」だと推理し、温め続けました。ふと卵を触ると微妙に転がり、おしりの辺りに「ハズレ」と小さな文字が書いてあることに気付きました。おそらくいなぐもの心憎い遊び心だったのでしょう。
「んだコレ?!!」
イヌペンは鼻息を蒸気機関車のごとく噴射しました。気持ちを静めて、この卵をどうしようか考えました。その結果、卵を目玉焼きにして雛たちの前で食べてしまいました。食休みが終わると雛たちを連れて散歩しに行くことを決めました。
「よし。ピーコ! ガーコ! ピヨタ! 散歩行くよ!!」
雛たちはそれぞれ名前をイヌペンから授かりました。散歩の途中、ばったりとあのいなぐもに再会しました。
「君はいつぞやの……」
いなぐもは調子こいた態度でいいました。そしてイヌペンの横にいる雛たちを注目して言いました。
「その雛って、ぼくがあげた袋の中身のやつっしょ? (あれ? 何しにここに来たんだっけ)」
「そうだよ!!!」
イヌペンはにこやかに返答しました。
「確か……卵五つ入れたような気がするんだけど……四つ? 五つ? 十? (まーいーや)」
「あっ! ……いや……そりゃー、あれだ……」
態度の急変したイヌペンを、疑わしくいなぐもは観察しますイヌペンは圧迫だけで死に至りそうでした。
「四つだよ!!」
雛のピーコが強く発言しました。
「だって! 私たちで三つで、あとひとつあったんだけど、それは「ハズレ」だったから! 合計して四つ! でしょ?!」
いなぐもはとぼけた表情で「そりゃそーだ」と感心しました。そしてその衝撃で、いなぐもは真実を思い出し始めました。
「あら? 待てよ? メモったやつあったなー。どこやったっけ? そわそわ」
(マズイ! 話しそらさねーと! 本当は五つなんだけど、ひとつ焼いちった!!)
イヌペンは冷や汗が大量に流れ出て、呼吸も荒くなりました。いなぐもはメモさがしをしていると見せかけて、どさくさに体をかきむしっています。あまりにも気持ち良さそうないなぐもに、イヌペンは少々引いてしまいました。
「……取り込み中失礼します。いなぐそさんは何で僕んちの方へ向かわれて来たのですか?」
「そぉーだ!! 思ひだしたっ!! 君、あんがと!!」
いなぐもは優しい雰囲気で涙をこぼしながら手打ちしました。「ちゃーん」と、意味不明な言葉を発してイヌペンに近づき、ついに真実を思い出したのかとイヌペンは感じました。
「その雛、くれ」
「やだ」
イヌペンは即答で否定すると、いなぐもは無言で小刻みに寄り添い耳打ちしました。
「ひとつの卵は「当たり」だったのに、死なしちまったこと雛に言ってもいいのか!?」
驚愕の形相のイヌペンにいなぐもはさらに追い討ちをかけます。
「きっと悲しむだろうなあ……。兄弟の『死』はねぇ……」
イヌペンは何を思ったのか、涙をこぼしながら「じゃあね」と、ふるえた声で雛たちに伝えました。はじかれる様にピーコがなぜと問い返しました。そしていなぐもの方へ向き直って話を続けます。
「……こんな人なんかに育てられたくないよ!!」
もちろんこの答えにいなぐもは苛立ちがこみ上げましたが、おもちゃな理性でこらえました。それでも抑えきれない怒りはイヌペンへぶつけました。
「おめー、本当はどうなんだ!」
「…………別れたくない……!!」
いなぐもの怒りは頂点に達してしまいました。
「てめーら、よく耳かっぽじって聴け! てめーの主はなぁ、おめーらの兄弟のひとりを殺しちまったんだよ!!」
イヌペンはどうすることもなく、ただじっとうつむいたままです。
「まさか……『うそ』って言って。ねぇ! 嘘でしょ!?」
「…………」
ピーコはうつむくままのイヌペンに問いかけました。イヌペンはようやく面を上げ、うつろな眼を晒しながら弱々しく答えました。
「嘘じゃないさ。事実なんだよ……(わかってくれ……ピーコ、ガーコ、ピヨタ!)」
「僕のところよりも、いなぐそのところに居たほうが安全だと思うよ。……それとも、おれに喰われたいのか!!? バカヤロウ!」
イヌペンは大粒の涙をこぼしながら、その場から走り去っていきました。彼を止める者は誰一人いませんでした。この様子からいなぐもは眼を輝かせて、怪しげな笑い声をあげました。
「さぁ……おいで子猫ちゃんたち!」
「嫌よ! 誰があんたのところなんか行くか!!」
「それに僕らは『子猫』じゃないっ! 雛だ!!」
「……! えっと……あ! クソのいなぐそ! クソクソうんこ!!」
ピーコ、ピヨタ、ガーコがそれぞれ言いました。これにいなぐもは相当動揺してしまいました。特にガーコの言葉が胸の奥深くまで突き刺さりました。
「んだと? 生意気な。ってゆうかオレ、『いなぐも』だよ。『いなぐそ』じゃねって……。それにお前ら、オレん家以外に帰るとこねーだろ。実質的に捨てられてんだからよ。ここで凍え死にすっか? 仲良く飢え死にすっか? あぁん!? こら」
雛三人のリーダー格であるピーコは、イヌペンの家へ帰ることを即決しました。
「おまえ、あいつに嫌われてっから行っても迷惑かけるだけだと思う。大切なひとに迷惑かけたいか?」
いなぐもに盲点をつかれてしまったピーコは、言葉につまってしまいました。
「ぼく……いなぐそのところに行くよ……」
「僕も」
ピーコの背後から兄弟の疲弊した声が聞こえてきました。それを聞いたいなぐもは彼らを温かく迎い入れました。
「おい、メス!! てめーは!?」
ピーコにだけは冷たく言い放ちました。
「行かない。絶対に!」
「あっそ。勝手に突っ張っていれば? あんたは相当死にたいらしいね。もう知らないよ、僕」
いなぐもは挑発するような態度でピーコに吐きすてました。
「知らなくてけっこうよ。あんたの所に行く選択しかないのなら、死んだほうがマ・シ!!」
その後もいなぐもとピーコの口論が続きましたが、ピヨタがそれを破りました。
「ピーコ、おいでよ」
「嫌よ。あたしはあんたらみたいに意気地なしじゃないわ」
ピーコは後ろを振り返らずに足早で去りました。
夜――
寒いな……歩き疲れた……お腹すいたぁ……早くお父さんに逢いたいよ。ピーコは色々なことを考えながらイヌペンの家へ向かって歩いていました。そのせいか、背後から忍び寄る肉食性の猛禽類に狙われていることに気が付きませんでした。猛禽類の攻撃は運良くかすめる程度で済みましたが、恐怖から必死に逃げ回っているうちに藪に迷い込んでしまい、体力の限界で力尽きてしまいました。
…………は…………はー……はー、はー! どこかで聞き覚えのある声でピーコは目覚めました。
(なぁーんだ。私、生きてたんだ……)
「おはよ。はー!」
いなぐもは照れつつあいさつをしました。ピーコは目覚めの悪くなるやつに起こされたので、いっそう腹が立ちました。
「ど、どーしてあんたが居んのよっ!!」
「ひろった。あっちで。だってここオレの家だもの、居て当然じゃん。この部屋の中だけなら好きにしてもいいよ! 決して部屋からは出んなよ! じゃ!」
いなぐもの気分よさげな雰囲気にピーコは疑問を抱きました。いなぐもは部屋のドアを強く閉めて出て行きました。
(いまごろ……弟たちは何やっているんだろう、いなぐもと)
いなぐもはもの凄い勢いで調理室へ向かいました。そこのドアを静かに開け、優しく閉めました。いなぐもの眼に映るものは、きれいに吊るされたピヨタとガーコでした。ふたつの雛は羽毛をすべてむしりとられて下味をつけられ、その真下には煮立った混合スープに満たされた深鍋があります。よだれが足下一面に滴っていることに気付かないほど、いなぐもはチキンが食べたかったのです。彼の向かって右側にはスイッチがります。これを強く押すと、調理が自動で始まります。恍惚の笑みを浮かべながらスイッチオンしました。
イヌペンはピーコたちを見捨てては居ませんでした。考えに考えた挙句、ひとつの結論を導き出しました。
「やっぱり父親というプライドを汚したくない!」
利己的な結論ですが、その裏にはやはり愛情が存在していました。イヌペンは走りました。走る走る走る、サボンにまたがりタクシーがわりにして走らせているのです。
「わりー、わりー」
イヌペンはまったく罪悪感を感じていません。サボンは彼にこき使われていますが、別にどうでもいいようです。二人は疾走している途中、いなぐもの形をかたどった家を発見しました。家の電灯が非常にまぶしく、目障りです。ある部屋の窓から光が漏れ出しました。
(お父さん、助けてー!!)
イヌペンはピーコの声が聞こえたように感じました。サボンはそろそろ疲れてきて、「イヌペン! いつ、どこまで走ればいい!?」と独り言を言っていました。イヌペンはとうの昔に背中から降りていました。
いなぐもは出来上がったチキンをすべて食べ終わる頃でした。もしっ、もしっ。はぐっ、はぐっ。実に美味しそうに食べつくしました。
「んーまいるど! でぇいりじゃぁすぅ! あとちみだけよ。おいで、カモン」
ピーコは逃れられないように柱に紐で縛られていました。
「これで行けるかっ!!」
オーソドックスなツッコミをしてしまい、ピーコは赤面しました。
その頃イヌペンは全員安全で居て欲しいと祈りながら、いなぐもの家の中を東奔西走しました。調理室の前にたどり着くと、なにやら大声が聞こえます。
「おりゃ!!」
「やめて!! ああーっ!!!」
イヌペンはいじめているやつを許せなく思いました。
(どうせいなぐそだろ! あのヤローおれの大切な雛に何かしたらただじゃ済ませないかんな!!)
深呼吸をし、調理室のソアを蹴り開けました。目の前には深鍋にすっぽりと覆いかぶされたいなぐもと、それを投げつけたピーコがいました。ピーコの高ぶった気持ちが落ち着くと、目が点のイヌペンの存在に気が付きました。
「あら? お父さん、居たんですか!? あは! 気にしない、気にしないーっと!」
イヌペンといなぐもは同じ想いでした。
(この雛、怖いーっ!)
あっさりとピーコを連れ戻したイヌペンは安心して家を去ることができました。しかしピヨタとガーコの悲しい別れを悔やんでも悔やみきれません。
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